声に出す大切さ

恐らくおよその企業が社訓や目標等を掲げており、朝礼などで声に出していることであろう

サトウパックもそんな企業のひとつです。

毎朝の朝礼時に社訓と目標を声に出す。

声に出すことを「素読(そどく)」と言います。

昔の寺子屋なんかでは子どもたちは何度も何度も声に出して読みました。

すると最初は意味が分からなかった言葉が、だんだん分かってくる。

だんだん自身の声が自身の身体に馴染んでくる。

先日、社長が『実語教』について話されました。

『実語教』とは平安時代末期(もしくは鎌倉時代初期)から明治時代初期にかけて普及していた庶民(児童)のための教科書であり、日本人の精神を作ったものである。

その中の一つに

「山高きが故に貴からず。樹有るを以て貴しとす。」

という言葉に触れました。

意味は「山は高いからといって価値があるわけではありません。そこに樹があるからこそ価値がでてくるのです。」

山は美しい。だが、樹があるから美しい。そしてその樹は役に立つ。樹木は箸になる。紙になる。椅子になる。誰かの役に立つ。

「世の中の役に立ちたい」と思って頑張ることは、闇雲に頑張るより意欲が湧く。

「世の中の役に立ちたい」という心は誰もがどこかに大きかれ小さかれ持っている。

そしてそれは一生懸命の原動力になる。

一生懸命やることは全ての物事の始まりである。

その気持ちを持つためには「素読」はたいへん有意義な方法である。

社訓を口に出したり、目標を口に出すことは一生懸命の第一歩である。